油壺と10代


高校時代、将来つきたいと思った仕事のひとつに、「季刊銀花」(文化出版局)
の編集者というのがあった。編集者になれば、雑誌で紹介されているような
素敵なものを仕事で訪ねてまわれると、若い単純な私は考えたのでした。


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私のティーンエイジとほぼ重なる1970年代、実家で定期購読していた雑誌は
覚えている限りで以下の通り。

父 芸術新潮
  季刊銀花
  ガーデンライフ
母 ミセス
  暮らしの手帖
私と妹(年子)
  りぼん
  セブンティーン (アメリカ版)
 (何故オーケーが出たのか疑問。多分英語の勉強になると思ったのでしょう)
  あと中3時代とか高1コースのような学年雑誌。

  定期購読ではないけれど、70年代後半は、ほんの少しの間出ていた
  日本語版 「サン・イデー」 (フランス語をまだ知らない私は
  100イデーとも書いてあったにもかかわらず、太陽+イデー、
  ちょっと冴えないタイトルと思っていた)、「生活の絵本」(こんな感じ)
  あるいは「私の部屋」を結構買いました。
  「anan」、「non-no」が創刊された時期だけど、立ち読みが多かった。

弟はプラモデルが大好きで「丸」その他マニアックなものを読んでいました。
今も他の道でマニアですが。

Small china bottles for hair oil used for Japanese traditional hairdoes,
found in my maiden family.






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父と母の雑誌は、よく読んだけれど、中でも「季刊銀花」は一番の
お気に入り。繰り返し眺めた割に詳しく覚えていないのですが、
遠い国の色鮮やかな刺繍や織り、ガラス、藍染めに丹念に
刺された古い刺し子、小さな面白い本を手作りしている作家、
民芸、ちょっと昔の挿絵画家、古いもの、紹介されていたのは
どれもこれも、好きなものばかり。

大学に入った頃、いよいよ上京して近くなったことだしと(この距離の感覚は
当時地方に住んでいると大きかった)編集部に電話をして尋ねると
採用は系列校の出身者のみとの返事。しゅん。

受験前、文化服装学院にはとても興味はあったけれど、垢抜けない自分が、
ファッションの学校に向くとは思えなくて対象からはずしたのに。。。
世間や社会に対して素朴で無知、いろんなやり方があるかもなんて
考えもせず、若い単純な私はあきらめるのもやはり早かった。

今の私だったら、何かアドバイスするのにな〜。


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鼻煙壺(スニッフィングボトル)、そばちょこ、刺し子、油壺など知ったのも
「銀花」を通してだった。

そばちょこは、いろんなタイプやデザインが並んでいて、
集めるのがはやっているとあった。好きなものもあったけれど、はやっているものを
子どもの私が買ってもねと(今もこの態度はあまり変わらないけれど)
あまり興味はなくて、欲しいなあと思ったのが油壺でした。

鬢付け油を入れる、小さめの壺。
欲しかったのは伊万里の赤絵の少し平べったいもの。
色鮮やかな模様が入っていて、日本髪を結った女の人がちょっと嬉しく
おしゃれをしたんじゃないかなと思えるもの。
今でいうとパフュームボトルをロマンチックに感じる感覚に近いと思う。


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買いたいな〜と父や祖母が行く骨董屋を外から眺めたりしてみたけれど
(画廊は連れて入ってもらえるけれど、骨董屋に行くときは子どもは車の中で
待つのです)、祖母の家にあるのを発見。
祖母は、こういったものを買うタイプの人ではないので、家に前からあったのかも
知れないし、古いものに少し興味のあった下の叔母(二人の叔母は独身で
祖母と同居していました)が買ったのかも知れません。

イメージ通り!欲しい欲しい!大人になったらもらおうとひそかに
思っていたのです。そして、かなり大きくなってからやっと私のもとに。

一輪挿しとしてたまに使うほかは、棚の中にしまったままだけど、
昔、油壺を欲しいと思ったり、「銀花」の世界にあこがれ、すぐにあきらめた
へなちょこな頃がちょっとなつかしい。
(今もあいかわらずへなちょこなのが困ったところですが)

by au_petit_bonheur | 2008-11-15 18:37 | 実家ビンテージ

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