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タンバー刺繍

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みっちりしたサテンステッチの大きなスカラップに縁取られたこの刺繍の布、メイン部分はタンバー刺繍が施されています。1メートル超x3メートル超の大きなもの。ドレスか、洗礼服か、僧衣か、何に使われたんだろう。スカラップの大きさから見てカーテンなどインテリア用かも知れません。何にしても手のかかった綺麗なものです。



「タンバーレース」という語はもうかなり一般に流通しているかと思うのだけど、「タンバー刺繍」はどうなのかな。確かユキ・パリスさんの著書のどれかに「タンバーワーク」と一度出ていたと思うのだけど、(確認後書きかえます)「タンバーワーク」という方が通りがいいのでしょうか。ここでは仮に「タンバー刺繍」と呼ぶことにします。


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タンバー刺繍の「タンバー」は小さな太鼓を意味するフランス語の"tambour"に由来します。この語は「タンバリン」と同源で、刺繍する時使う刺繍枠の形が、一般に丸い形をしており、布を貼った形が太鼓状であることから名付けられました。





一見チェーンステッチの刺繍のように見える刺繍ですが、より早く刺繍でき、かっちりした仕上がりになります。

針は、普通の縫い針状の刺繍針ではなく、かぎ針を細くしたフック型の針を用います。この針で、布の裏側から糸を引っ掛けてきて、刺繍していきます。布を挟んで鎖編みをすることをイメージすればわかりやすいでしょうか。表側はループがつながったチェーンステッチ様の形、裏はバックステッチのように見えます。

フック型の針を用いる刺繍にはラグフッキング(フックトラグ)もありますが、こちらは裏側からループを引き上げ、そのループを、繋げないで表に立たせた形ですね。





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クローズアップで見ると、「あら、毛糸で刺繍した同じようなものが、今のインドの布にある」と思われるかも知れません。この手法は18世紀後半にヨーロッパで盛んになったものの、もとはオリエント起源の手法なのです。



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今まで見た中で一番詳しいEmbroiderer's Guild of West Australia(今日の投稿の文末☆を見てね)のサイトから歴史の説明を。

この(枠に張った布にフック状の針を使いチェーンステッチ様の刺繍をする p)技法は、中国、ペルシャ、トルコ、インドなど東方を紀元として14世紀頃に始まったと考えられる。ヨーロッパに伝わったのは1760年代。

ヨーロッパで最も流行したのは1780年〜1850年で、ナポレオン戦争(wiki)の結果入手しにくくなったフランスのレースに代わって、薄いモスリンのドレス、ウェディングベールやスカーフを装飾するのに用いられた。(*イギリス目線の文章ですが、フランスでも同様だと思われますp)


1782年、イタリア人のLuigi Fuffini はイギリスのエジンバラに工房を作り、"flowered muslin"や"spligged muslin" (百花繚乱ともいうべき花や花枝の模様が豪華な布なんですね)と呼ばれる刺繍布を大量に生み出すことになった。

1910年ころMonsier Daago がイングランドのコッグシェルに導入した。

1809年に、マシンネットが実用化されてからは、マシン・ネットに刺繍したタンバーレースやニードルランレースが人気を博した。流行が移り、色物や造形的なスタイルが流行するようになってから(それまで、ナポレオン、イギリスで言えばリージェンシーの時代に流行した; 例えばオースティンものの映画で見られる形、ゆったりしたシルエットから、ヴィクトリアンのクリノリンやバッスルを使った造形的なスタイルに変わった p)も、タンバー刺繍を施したモスリンはベールや、襟、フィチュー、カフス、あるいはキャップに使われ続けた。



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また、タンバー刺繍は特権階級の女性の間で、比較的容易くエレガントな作品が作れる手仕事として流行し、彼女たちは応接間でタンバー刺繍をする姿を見せたがったそうです。ポンパドール夫人は刺繍をしている姿を写させた肖像を残しています。(これは四角いフレーム。肖像画だけで、実際したかどうか不明という記述も見たことがあります。後日。p)

ハンドメイドのタンバー刺繍を模倣できる、タンブリングマシンが19世紀に発明されました。スイス、ドイツ、スコットランド、イングランド、そしてアイルランドで実用されたのですが、この機械は複数の針を使って、より早くより多くのネット刺繍レースを作ることを可能にしました。


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      (刺繍を裏側から)


現在「リュネビル刺繍」と呼ばれたり、オートクチュール・ビーズ刺繍などの教室で「アリ・ワーク」(「アリ」はインドの言葉で針)と呼ばれる、フレームに張った布にかぎ針状の針を使って、スパンコールやビーズを布やチュールに刺していく技法があります。フランスの映画「クレールの刺繍」(坂川栄治さんのレビュー)を見た方はイメージしていただけると思います。

これは、フランスの工房のマネージャーLouis Ferryによるタンバー刺繍の応用だとのこと。19世紀になって、ふんだんにビーズ刺繍を施した衣類が流行するようになって、タンバー刺繍はビーズ刺繍をするにも非常に有効であることに気づいたそうです。

この手法はイギリスでは「リュネビル」として知られるようになります。1920年代のフラッパードレスやビーズバッグ、スカーフなどのアクセサリーに用いられ、現在でもオートクチュールの刺繍として受け継がれています。

タンバー刺繍は"tambour"のほか,"broderie en chainette", "double Kensignton stitch", "point de Luneville", "Beauvais stitch" "hooked needle embroidery"あるいは単に「チェーンステッチ」など様々に呼ばれています。


(思いの外説明を使ってしまった。メールしておこう:承諾済み)



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   (これも裏側)


刺繍する土台となる布は、主にコットン・キャンブリックやコットンモスリン、マシンネットなど薄い透ける生地。

木綿は18世紀にイギリスが東インド会社を介してヨーロッパに持ちこみ大流行しました。ことにモスリンは、18世紀末〜19世紀初頭、マリー・アントワネットの羊飼い遊びのシュミーズドレスを先駆けとし、革命からナポレオンの時代(イギリスで言えばリージェンシーの時代)に大流行して絹で栄えたフランスの都市、リヨンに大打撃を与えました。寒いヨーロッパの冬でも女性たちは薄いモスリン素材のドレスを着るので、肺炎で亡くなる女性が多く、このドレスに合わせて温かいカシミアショールを羽織ることが流行しました。


そこで思い出したので、ついでながら。

モスリンといえば、マシューとマリラに貰われたばかりの「赤毛のアン」の憧れの布でしたね。少女時代に読んだ時は、モスリンといえば、(転化してメリンス)、日本で通常示すのはウール生地なので、それを想像して何だかしっくりこなかったのですが、この繊細なコットン生地と知れば納得です。

(あ、そういえば、サイモンとガーファンクルの「スカボロー・フェア」で「キャンブリックのシャツを作ってくれるよう彼女に伝えてくれ」というのがありましたね。これは厚さのイメージが違うなあ。)

どんどん脱線しそうなので、今日はこの辺で。


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(この花芯部分の飾り刺しについてはまた改めます)

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(光に透かすと、生地の薄さがよく見ていただけるかな。これはやっぱりカーテンか。)

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The Embroiderer's Guild of Western Australiaのウェブサイトの”Embroidery and Lace”のページ(トップページ上端のタブより)はお勧めです。画像が小さいのが難点だけれど(シャンティーなんて、ここの画像ではマシンとハンドメイドの識別がつかない、ポワンドガーズはデュセスで囲まれている混成レースの画像になっているなど、鑑定の手引きとしては利用しにくい)、ある特定のレースについて詳しく知りたいと思うとき、とてもいい情報源。何よりも参考文献がきっちりついているのがありがたい。もしまだご覧になっていなかったら是非ご参考に。


このサイトのリンクを右のカテゴリ内の参考リンク集に入れておきます。

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タンバー刺繍、まだ続きます。
今回サイズ比較のポストカードなど入れて写真を撮るのを忘れてしまいました。
これもいつか追加します。




タンバーレースについては、上記、同じく19世紀に実用化されたマシンネットに刺繍を施したしたニードルランレースとともに、いつか機会があれば。(これマシンかハンドメイドか識別が私にはちょっと難しいものあり)

by au_petit_bonheur | 2011-09-20 14:28 | レースノート

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